ジェイクールのスタッフ雑記

電王戦リベンジマッチ『菅井五段vs習甦』その3 限界の先に見えたもの

2時間の大長考。菅井五段の選択は自玉の逃げ道を確保する9六歩でした。
相手に呼吸を合わせた一手で、この一手の交換は難しいですね。

その後、先手は自陣が薄くなるのを覚悟で、質駒を取り、攻めを決断。
飛車を捕獲し、すかさず敵陣に打ち込むも、銀打ちで補強した敵陣が堅く見えます。

先手は、じりじりと敵玉に向けて駒を寄せますが、自然と後手の守りが堅くなっていく展開で、
1二の玉は2二のマスが使えるのも大きいですね。

ここで攻守が入れ替わり、3八のと金が桂、香と拾った後手は、
7六歩から囲い崩しに着手。手順に6六馬と引いたところでハプニングが。

着手中の電王手君のアームが盤上で動作停止。完全に沈黙です。
ここでもエヴァっぽいですね。機械に対して体力勝ちというまさかの
結末でしょうか。

程なくすると、電王手君は活動再開。
攻めが一息となった後手は、先手の攻めを緩和へ。

ここでの後手は、解説の瀬川五段が指摘していた危うい手もあり、
数手の応酬で一気に景色が変わりました。評価値もほぼ互角に。

先行されつつもピッタリと後ろにつけてきた先手が、
遂に肩を並べた瞬間ですね。もう朝ですから本当に長い長い距離を走っています。

再び攻守が入れ替わり、先手は後手の6六馬に働きかける形から、
自陣へ引く馬を追い、銀打ち。更に馬切りからラッシュをかけました。

3四銀と出た局面は、本局で初めて先手が良くなったのではないかという局面で、
ここにきて、この展開は驚異と言っては失礼ですが、
菅井君の凄まじい頑張りが目に見えて活きた形となりました。

後手は1二玉型を活かして、3三の馬を2二へ。
米長玉の良さが出ていますね。

ここで先手は千日手(引き分け)を狙う選択肢もあったのですが、
白黒つけるべく飛車切りから清算に。

先手陣に火種は無く、後手陣には先手の成銀が一枚。
ただ、手番は持ち駒が豊富な後手。次の手が注目です。

習甦の選択は守りの3一銀打ち。菅井君の「いやあ、難しい」という声が響きました。

ここで8時間あった持ち時間は無くなり、遂に一分将棋へ。
よく言われますが、どれだけ持ち時間があっても時間が欲しくなるのが『将棋』だと改めて。

先手の攻め、後手の受け。
心身共に限界を超え、時間も尽きた菅井君に、習甦の正確な受けが突き刺さり、
後手の背中が遠のいて行くのを感じました。

それでもゴングに救われたボクサーではありませんが、
ここで朝7時となり、朝食休憩に。
菅井君は夕食休憩以外、ずっと盤の前で考えていたのでは無いかと思います。

咳き込む回数も増えてきていましたし、幾らプロ棋士が長丁場に慣れていると言っても、
今回の夜通しで8時間ルールは改善の必要があるでしょう。
懸念していた多めの休憩時間も、結果としてほとんどを考える時間に使っていたので、やはり考え物ですね。

休憩明け。食らい突く菅井君に、習甦が放った宙空の2五角打。
一目感触の良さそうな、調べる程良い手と分かるような手。
ここでも出してくるのが、コンディションに左右されないコンピュータの強みですね。
厳しいです。

先手が3六歩と角道を止めた後、後手は逃げ道を確保する1四歩。冷静な一手。

その後は、後手が絶妙な攻め手、受け手を織り交ぜた手順を繰り出し、
一分将棋の先手には厳しい展開に。

結果、144手で菅井五段の投了となりました。
時刻は午前9時前だったと思います。

ニコニコの放送タイトルで「死闘」と謳っていましたが、
文字通り、限界を超えた死闘となり、大熱戦も大熱戦、素晴らしい対局でした。

菅井君は午前二時を過ぎた辺りから、水分補給や糖分補給などが多くなり、明らかに消耗していたところから、更に7時間近く考え、指していた姿は『感動』の一言ですね。

菅井君は対局後にインタビューにも答えていて、
「勝負どころで、考える力が無くなっているようではダメですね」と言っていました。

考える力が心身の状態に左右にされるのを考えると、
心が乱れず、体力を消耗しないコンピュータと対局するのがどれほど厳しいか。

分かっているつもりでしたが、改めて痛感した一局でした。

放送時間は21時間。完走した方は本当にお疲れ様でした。

限界を超えた対局は、漫画『月下の棋士』のような世界で、
菅井君の気合と考える姿は、一生忘れないですし、彼の姿勢に学びたいと思います。

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